結婚式を挙げて2年、届いた南米の風

結婚指輪の写真

結婚式を挙げて2年が経ちました💍

記念日には贅沢にピザの配達取ってケーキ食べました。

ケーキはお付き合いしてた頃から決まって3つ。2つじゃちょっと物足りない。

これからもよろしくね👬

2年前、僕たち夫婦は結婚式を挙げておりました🎎

お決まりの新郎新婦それぞれの友人代表のスピーチ✉

妻は来てくれてた学生時代の友人にしてもらってました。

僕の友人代表も学生時代の友人ですが、南米にいたので(今もだけど)、同じく学生時代の友人に代読してもらいました。(代読してくれた友人は乾杯の発声🍻してもらったり1人何役もお願いしちゃいました、ごめんね。)

学生時代、南米の友人と代読の友人、3人はいわゆる「親友」とも呼べる仲でした。「親友」なんて薄っぺらいものではなく「同士」と呼ぶべきか「心の友」と呼ぶべきか、いやいや呼び方なんてどうでもよく「それぞれの進む道で高みを目指そう」卒業前そう誓った友達なのであります。

南米の友人は学問の世界で、代読の友人はスポーツの世界で、そして僕は商売の世界で。

そう誓ってかれこれ10年弱、僕はどうか知りませんが、南米の友人も代読の友人もそれぞれ自身の道を突き進んで、でも挫折もあって、でも投げやりにならず必死に歯を食いしばって、また進んで、、、

その姿を知っているから僕も生半可なことはできず、今や自分だけでなく妻と僕、2人の人生をより良いものにしよう(この2年くらいはアンハッピーな状態からの脱出に徹してたけど)、置かれた環境でどう頑張るのか、どう進んでいくべきか考え邁進しているつもりです。

生半可なことしたらその友人に合わせる顔がなくなっちゃうってのもあります。きっと友人2人も心のどこかにそういった思いがあってそれが支えとなっているはずです。
次会う時、胸張って会えるように、お互い成長しているように。

でも学生の頃語っていた夢物語の「高み」にそう簡単にたどり着けるわけもない。自分にとっての「高み」も色んな現実を知ってかえってわからなくなってしまう。

そしてもちろんあの頃とは環境も違えば抱えるものも違う。人生一筋縄にはいかない。

facebook、今やほとんど開くことがありません。たまに開いても海外の友達しか更新してなくて、アルファベットばっかりで読む気になんないし。

日曜日、何となく特に意味もなく開いてみると南米の友人からメッセージが入ってました。何ヶ月ぶりに開いたかもわからないのに届いていたのはその3日前。

南米の友人
南米の友人

久しぶり。 元気してるかい。 騒ぎの中、周りの人達は変わりないだろうか。いきなりの連絡は特に理由ないんだけど、ちょっと気になってね。

久しぶりの連絡にちょっと浮かれて、
妻の妊娠踏まえ、僕にとっての「高み」の話や近況報告を一通り済ませると南米の友人が言うのです。

南米の友人
南米の友人

高み、その辺最近分からなくてさぁ。自分にとって何が高みなのか、今の生き方で無くしちゃってる感覚なんだよね。また会ったら話聞いておくれよ。

そんな感じで一旦メッセージ終えたんやけど、何か段々心配になってきて。

元々自分のことを自ら話すタイプではないのと、何か話したらいつも自分とは違う視点でその人の考えを言ってくれたりでいつも甘えて自分の事話してることに後悔もして。

その翌日電話してみました

メッセージくれたのは身の回りに悪いニュースが多くて「もしかしておまえにも何かあったんじゃないかと思っちゃって」だそうで、「人生一筋縄にはいかないね」って話をしてました。けど、ここで投げ出してはいけない、自分たちが進むべき道を見つけて、できることを見つけて選んだ道に力を尽くそうって感じです。元気出ました。

思ったのは何か思い立った時に連絡取らないとなかなか話す機会がなくなっていく、話さない期間が長くなるともっと連絡取らなくなる。けど、着実に年は取っていて確率的にはまだ小さいかもしれないけど、突然何かがあって二度と話せなくなるかもしれない。

いきなり連絡あると「何かあったんちゃうかな?」と心配になるけど、終わってみるとハッピーでまた頑張ろうって思いました。

南米の友人、代読の友人にはいつも力や刺激もらって本当に感謝してる。「僕は彼らの刺激になってるんかな?」と思うときもあるけど、まぁそれなりに影響を与えられてるらしーです。そもそもそんなこと気にしなくていいんだけど。

そんな友人なら頻繁に連絡取ればいいやんって感じかも知れませんが、そうじゃないんだよなー。

さ、明日からも頑張ろ。

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